実家でおせち代わりのオードブルを手作りし、親戚と一緒にお正月を過ごす

39歳の女性です。今から20年以上前のお正月のこと。地元ではおせちを作る習慣はなく、私の知る限りほとんどの家庭でオードブルが出されていました。

容器はどの家庭もだいたい同じで、銀色のプラスチック製で直径50センチほどの丸型です。中央に丸い仕切りがあって、それを囲むようにさらに6~7つの台形に仕切られていました。中央の丸型に何を盛り付けるかで、その家庭の個性が表われます。

【実家のおせち風オードブル】エビやてんぷら、枝豆など彩り豊か

我が家のオードブルはだいたい決まっていて、中央は尾頭付きのエビの塩焼き。周りは牛肉のゴボウ巻きや、ムール貝のオーブン焼き、食紅で染めて花形に切られたゆで卵、てんぷら盛り合わせ、彩にえだまめやプチトマト。

同じようなオードブルを、来客用と母方の実家用に4つほど用意します。オードブル以外にも、おでんやなかみ汁(モツ豚肉、しいたけ、たけのこ、こんにゃくを煮込んだお吸い物)なども母は作ります。

そのため、大晦日の朝から母親は台所に立ちます。大掃除をすませた子供の私達も、エビの殻をむいたり、こんにゃくを飾りねじりにしたり、大量のゆで卵をむいたりと、紅白歌合戦をしり目にかなり忙しかった記憶がほとんどです。

親戚一同の前でオードブルを広げた瞬間、期待に満ちた眼差しを受ける

元旦、母方の実家にオードブルと、祖父母の好きなお菓子の詰め合わせをもって年始の挨拶へ行きます。母は6人姉妹の長女で、そのうち3人は結婚や仕事で地元を離れていました。

当時のお正月は、近隣に住む母の妹2人とその家族、普段は都会で働き帰省してきた1番末の妹と祖父母、あとは近所に住む祖母の従姉妹など、毎年かなりの大所帯でした。

普段は仕切りのある部屋も、居間と客間のふすまとちゃぶ台は取りはらわれており、畳や床の間に風呂敷を敷いてそれぞれの姉妹が持ち寄ったオードブルやお寿司といったごちそうを並べます。

オードブルを広げる瞬間、母たち姉妹全員がそれぞれのオードブルの中央をちらっと見るのがわかります。その一瞬の静寂。毎回、奇妙な緊張感が子供の自分にも走ったのを思い出します。

我が家のおせちは、実家のオードブルと同じローストビーフに

1度だけ、一番末の妹がオードブルの中央に、当時はめずらしかったローストビーフを花びらのように飾って並べたことがありました。しっとり柔らかそうなピンク色の上に黄金色のソースがかかったそれは、子供から見てもいかにも高級そうで、どの料理よりもとてもおいしそうでした。

子供たちは、一斉にローストビーフに箸をのばそうとしましたが、「食べたらダメ!」と突然の一喝。見ると、鬼の形相の母と2人の妹たち。

1番末の妹が、ローストビーフは生の牛肉ではないことをいくら説明しても、3人は「生肉は危険だ!」と、1番末の妹を叱りつけるばかり。結局、ローストビーフは取り除かれ、中央の丸の中には、ソースのついたパセリが一つ転がっていました。

地元を離れ、お嫁にきて義母から初めてお節の意味を教えてもらい、自らおせちを作るようになって早10年余。我が家のおせちには、尾頭付きのエビの塩焼きとローストビーフが並びます。

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