大量のおせちを手作りしていた母、栗きんとんや黒豆などを皆にふるまう

私は47歳の女性です。昭和45年生まれなので、今年は年女です。そんな私のおせち料理の思い出といえばもう20年以上前の話で、やっぱり冬の寒い台所で母親の手伝いをしたことです。

栗きんとんや黒豆など、母が作ったそばから味見と称してどんどんつまみ食いをしていて叱られたり、あまり好きではなかった煮物は盛り付けるのを嫌がったりしていました。

料理上手な母がおせちを手作りするも、両親が嫌いな伊達巻が無くてガッカリ

母は料理が上手で、おせち料理はある年齢までは必ず手作りしていました。買ってきたものと言えば、ようかんとかまぼこくらいです。

我が家のおせちには伊達巻が含まれなかったので、その代わりに卵焼きを巻きすで円くかたどったものを入れていました。テレビで見るおせち料理には必ず伊達巻が入っていて、私は見た目の可愛さに惹かれ、伊達巻をぜひ一度食べてみたいと思っていました。

母親に「どうしてうちのおせちには伊達巻が入っていないのか」と聞いたところ、なんと母も父も伊達巻があまり好きではないとのこと。

なんだ、うちのおせち料理は親の好きなもので構成されているのかと、幼心に少しがっかりしたことを憶えています。とはいえ、伊達巻が入っていないくらいで、他のアイテムはほとんど皆入っていました。

母手作りのおせち料理は、お刺身やハムなども詰まって宝石箱のよう

父の職業柄、新鮮な魚がよく家に送られてきていて、その上お正月ともなると父は張り切ってアメ横まで魚を仕入に行くほどでした。なのでおせちの中には焼き魚などは入らず、いつも別盛りで魚料理(お刺身必須)が並んでいましたね。

おせち料理はお正月に食べるご馳走、少しずついろんなものがお重につめられていて宝石箱のようで…ただただ、食べるのが楽しみでした。お歳暮でいただくハムもだいたい、おせちのお重の中に納まっていました。

大人数分のおせちを手作りしていた母の苦労が、今なら分かる

私が中学生の頃までは、お正月には父の仕事関係の知り合いが遊びに来たりしていたので、今から思うとかなりの量のおせち料理が消費されたと思っています。その分、母はきっと大変だっただろうと…。

私がおせち作りを手伝うのは年末だけで、母はきっと、年が明けてからも足りない分を追加で作ったりしていたはずです。私は今、海外暮らしなのでお正月といってもおせち料理を作ることはありません。

子ども達のことを考えると日本の文化を教えるために、いつかきちんとおせち料理を食べさせたいとは思っているのですが…なかなか、私の母のようにはいかないものです。

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