【実家の手作りおせち】結婚しても変わらぬ重箱でお正月を迎える幸せ

39歳、主婦の私。たまたま夫婦の実家が近いこともあり、自分でおせちを用意することはありません。毎年両家へ、新年のあいさつにうかがうので、その際におせちをよばれます。

お正月に実家で食べるお雑煮は、両親が手作りしてくれた懐かしい味

私の実家での話ですが、父は京都、母は愛媛生まれなのでお雑煮の味が違います。1日は父が作る白味噌、2日は母が作るお吸い物のお雑煮を、結婚するまでは食べてお正月を過ごしました。

結婚した今では、1日に私の実家の挨拶を済ませるので、父のお雑煮は食べますが母の作るお吸い物のお雑煮を食べることがなくなり、テレビでお吸い物のお雑煮を見かけると懐かしくなってしまいます。

子供時代は実家で手作りおせちのお手伝い。お煮しめ用の野菜の皮をむく

小学生の頃は、おせち作りの手伝いをしていました。特によくお手伝いしたのが栗きんとん。さつまいもを裏ごしして練り上げる専門ですが一生懸命手伝ったことを今でも思い出します。

それと数の子が好きな私は下ごしらえもよく見ていました。筋をとったりお米の磨ぎ汁に浸けたり、大変なんだなーと思いながらもバリバリ遠慮なく食べていた娘です(今でもそれは同じですが)。

実家のおせちの一番の思い出は、お煮しめかもしれません。年内最後のごみの日にあわせて、大量に野菜の皮をむくという光景が、今でも懐かしく思い出されます。数年前にその作業で指を切った母。今は義理の兄が年末に帰省して手伝ってくれています。

そしてなぜか「焼き豆腐だけは自分で!」と毎年言う父。おせちの準備や段取りを決めてる母のペースとは全く違う段取りで、毎年作っていました。イライラしていた母をよく覚えています。

実家の手作りおせち、結婚後は毎年美味しくなり両親に感謝

毎年作っているのに味が安定せず、ものすごく味が薄い年もあれば濃い年もあったりで、それも、懐かしい思い出です。不思議なことに、私が結婚してから味が落ち着き、毎年美味しくよばれることができるようになりました。

ありがたいことですが、「今年はうすいなー」「ちょっとしょうゆ多かったなー」など品定めしていたことが懐かしく、少しさみしい気持ちになったりもするんです。

また、正月三が日の実家は食事フリースタイルでした。食べたいときに食べたいものを重箱からおさらに取り、テレビを見ながらお酒を飲みながら、おつまみ代わりに食べるというスタイル。きっと今でも両親はそのスタイルなんだろうな。

何はともあれ、実家が近く今でも変わらぬメンバーと新しく増えた家族とともに、変わらぬ重箱でお正月を迎えられることが本当にありがたく、感謝している今日このごろです。

カテゴリー: おせちの思い出