料理好きの母が手作りするおせちをみんなで囲む正月は楽しい時間

私は、61歳女性です。私の両親がまだ元気でいてくれた頃なので、10年くらい前になります。母は、普段から料理は大好きで、みんながおいしい、おいしいと言ってくれるのが嬉しくて、どんな料理でもちゃちゃっと作ってくれる母でした。

母お気に入りのお店でおせちの食材探し、私は唯一買い出しだけお手伝い

母は料理教室にも通ってはいましたが、テレビの料理番組を見ていてもおいしそうな料理があると、その夜の食事に出てくるといった好奇心旺盛な性格でした。父は、小さい頃に戦争で両親を亡くすという寂しい生活を送っていたこともあり、我が家に人が集まってテーブルを囲んだりするのが、とても大好きな人でした。

だから、自然と我が家には、親戚を始め両親の友人など人の出入りの多い家庭でした。母のおせち料理は、天下一品。だしも昆布やかつおで12月28日には、たっぷり作っていました。27日くらいから、材料の買い出しを始めます。私も自分の車に母を乗せて、いろんなお店に買い出しに行きます。

買い出しくらいしか手伝いができないし、あまり、母のおせちづくりの手伝いをしないこともあり、せめて買い出しくらいは、母のために手伝おうと思っていたからです。店も私だったら1件で済ますのに、母にはこだわりがあり、魚はこの店、野菜はあの店、肉は専門店でというようにいろんなお店に足を運んでいました。

たくさん集まるお正月、おせちを手作りするのは節約のためでもあった

母のおせちは、ほとんど全部が手作りです。だし巻き卵や、岩石卵、全部作ります。鶏のミンチで作った松風焼き、鯛の甘露煮、ローストビーフ、黒豆煮、田作り、栗きんとん、イカやいくらの柚子釜など、お正月料理が並びました。

また、お煮〆も飾り包丁を入れた、おしゃれな一品でした。梅花人参,長芋の白煮、昆布巻きと思い起こせば、本当に時間をかけて、端正に作ったものばかりでした。母に「どうしてこんなに作るの?」と尋ねたことがありました。母は、「お正月は毎日、人がいっぱい来るから買っていたら、お金がいくらあっても足りないの。」と笑いながら答えていました。

母が手d栗してくれたおせちの味を今でも忘れません

確かに、我が家のお正月は、なぜか元旦から親戚を始め、父の友達、仕事関係の人も来ていました。お正月、3が日人が入れ替わり、立ち代わり来ているのですが、いつもテーブルの上はおせち料理がいっぱい並んでいました。

当時は母のおせち料理は、こんなに手の込んだ豪華な料理だとは感じてはいませんでした。今になって、母の偉大さにびっくりするばかりです。もっと、母の手伝いをして、おせち料理を習っておけばよかったと後悔するばかり。お正月になると、母のおせち料理の味を思い出します。

カテゴリー: おせちの思い出