おせちの筑前煮を毎年父が手作り、この美味しい筑前煮をずっと食べたい

38歳の子供が3人いる主婦です。私の家は、小さい頃は毎年お正月は母の実家で過ごしていました。母は兄弟が多く、それぞれの子供たちもみんな集まる為、祖父母の家は上から下までまさに人で溢れるといった賑やかな状態。そこで食べる料理はおせちではなくつきたてのお餅や手巻き寿司、それに大皿料理で、それが当たり前だと思っていました。

父が初めて作ったおせちは、筑前煮だけの一段重

成長し祖父母の家に行かなくなるまで、おせちを食べたことはありませんでした。
今から14年前、私も家を出て働くようになると、お正月は自分の実家へ帰省しました。
私が家を出る数年前に、母が入院したことをきっかけに料理を始めた父が、お正月は出勤日な母に変わって作ったのが、私が初めて食べたおせち料理でした。

それは、お重の一段だけを埋めた筑前煮でした。父の作った筑前煮は甘くて美味しく、何度もおかわりし、始めは心配そうに見ていた父もその様子を見て笑顔になりました。その年から、おせち料理は父の担当となり、始めは筑前煮だけだったおせちも焼いた海老や、黒豆、栗きんとん、紅白なますや、栗や鶏肉の入った茶碗蒸しなど、年々腕を上げる父の手により豪華になりりました。

お重も三段の立派なものとなっていき、私が結婚して子供が生まれてからは、子供の好きなイクラや唐揚げやエビフライなど、子供の好きそうなメニューもお膳に詰められるようになりました。私も、伊達巻きや角煮を作って持ち寄り、三段から溢れそうに豪華なおせちを楽しみました。

最後なんて言わないで…、父のおせちの筑前煮はいつも通りとっても美味しい

そんな中、昨年父は大病を患い、今は退院しましたがなんとか投薬で凌いでいる状態で、今年の正月は私が作ろうかと打診したのですが断られました。
最後の正月になるかもしれない今年のおせちも、自分で作りたいとのことでした。

めっきり疲れやすくなった父が、休み休み茶碗蒸しを作り、筑前煮を作り、唐揚げを作って私たちに振舞ってくれました。
味がよくわからないからおいしくないかもしれないけど、と言っていましたが、今まで毎年食べてきた父のおせちと全く同じ味でした。

私の子供たちが、父の筑前煮を美味しそうにおかわりして食べるのを、初めて私がそれを食べた日と同じような笑顔で見つめていました。
父の病状は非常に厳しく、完治はありません。
今後は緩和と対症療法によるケアが主になると思います。難しいかもしれないけど、来年も、そのまた次も、父のおせちを食べる幸せなお正月を過ごしたいと心から願っています。

カテゴリー: おせちの思い出